[メールマガジン]よろしこ通信vol.122

2015年2月24日

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■ 目次 ■

1. 社長のつぶやき (社長 宮崎敬士)
第45回 「子どもたちに日本人殺害画像を見せた真意」

2. 取材者の目線 (映像制作ディレクター 加藤健)
第89回 「『言葉』というものの
すさまじい威力を突きつけた、武田鉄矢の●●」

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1. 社長のつぶやき (社長 宮崎敬士)
第45回 「子どもたちに日本人殺害画像を見せた真意」

子どもたちに、イスラム国での日本人殺害画像を見せたことが
各地の学校で問題になっている。

ちょっと変だと思うのだ。
少しずれてないか?

エジプトなんて、自国民が殺害された翌日
大統領命令でISへ空爆開始だ。
ソッコーである。
これが普通ではないか?

イスラム教のベース部分に
“目には目を”的な思想があることも
影響しているのだろう。

では、自国民が殺されたという事実を
この日本の政府はどう受け止めているのか。
ちょっと疑わしい。

だって、みんなで国会で多数決とって
あの国はヒドイって言っただけである。
山本議員が退席したのも仕方ないと思う。

だから教育の現場で
先生たちが行動を起こしたのだと、私は思う。
何かしなければいけないと
迫られてとった行動ではないかと思うのだ。

だが、このことには一切触れず
殺害の現場を見せたことだけを非難しているので
ずれていると私は感じているのだ。

先生がやり方を少し間違えたのだ。
せめて希望者だけに見せるべきだったかもしれない。

だが、教育の現場で
今回の事件から学ぶことは多くあると感じ
先生たちが行動したことは、この国の良心であると思う。

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2. 取材者の目線 (映像制作ディレクター 加藤健)
第89回 「『言葉』というものの
すさまじい威力を突きつけた、武田鉄矢の●●」

昨年末、高倉健さんが亡くなったというあまりにも突然の悲報は、
社会に激震をもたらしました。

それ以来続々と出てきたのは、彼が実生活や映画撮影の現場で、
いかに人の胸を打つ行動をしていたかというエピソードの数々。

彼はスクリーンのイメージと寸分たがわぬ行動を自らに課していた、
まったく稀有なスターだったのです。

高倉健と時間を共にした多くの人が、
そうしたエピソードを語りました。

その一人が武田鉄矢です。

彼と高倉健の出会いといえば、もちろん映画「幸福の黄色いハンカチ」です。
撮影当時、武田鉄矢は28歳。
まったく売れていないフォークシンガーが、
初の映画出演に大抜擢されたのでした。

しかし、「男はつらいよ」シリーズで知られる
山田洋二監督の粘り強い演出に
彼はまったくついていけていないと思い込み、
打ちひしがれて過ごしていました。

その中で、高倉健は、
山田監督が武田鉄矢に大きな関心をよせて演出していることを
見抜いていたのです。

ある日、話しかけてきた高倉健に武田は胸の内をこぼします。
「もう俺なんか、毎日監督にイジメられて・・・」

すると健さんは、あのスクリーンと同じ口調で言いました。

「覚えておけ、映画監督っていうのはな、伸びねえ奴はしごかねえんだ。」
実はここまでの話は、「黄色いハンカチ」のファンであれば
多くの人が知っている有名なエピソードです。

ところが、高倉健さんが亡くなって以来、
こうした多くのエピソードを体験した本人が語っている素材が
YouTubeにアップされるようになりました。

以下のアドレスで、
ラジオで武田鉄矢がこのエピソードを語っているのを
聞くことができます。
https://www.youtube.com/watch?v=7CQbk_HXUso
そしてこのラジオで最も重要なのは、高倉健の一言を聞いたあとの、
武田鉄矢の胸の内で炸裂した思いが声で入っていることです。

「もう・・・嬉しくて、嬉しくて・・・涙が・・・」
「もう、嬉しかったなあ!」

武田鉄矢という人は、
フォークシンガー時代から語りのうまさがずば抜けていました。
このラジオでの話の展開も見事なものです。

ただ、あの瞬間の思いを口にした時だけは、
そんな「うまさ」の仮面がすっ飛びます。

東映任侠映画で日本中の男を痺れさせてきた大スターの一言が、
負け続けてきた28歳のフォークシンガーの青年に何をもたらしたか。

この「武田鉄矢の肉声」は、ぜひ再生して聞いてみて下さい。
文字ではまったく再現できていません。

僕は、高倉健さんが亡くなった後、
この「武田鉄矢の肉声」を見つけて以来、何度聞いても思うことは、
月並みかもしれませんが、人の言葉が相手に与える力のすさまじさです。

このときの高倉健の言葉は、
おそらくその後の武田鉄矢の人生を変えたでしょう。

それがどれほどすさまじい力だったか。
30年以上を経て発せられた60歳の青年の声の震えが、
すべてを表していると思います。

そして「武田鉄矢の肉声」は僕に、
日々の中で目の前の相手に何を伝えるかを
真剣に考えさせるのでした。